呉服町曳山「九郎判官源義経の兜」は、天保15年9月に製作されました。
曳山の幅は2.8メートル、高さは約6,1メートル、重さ(推定)は1.6~1.8トンあります。
この曳山は、材木町曳山「亀と浦島太郎」の3年後に造られました。
日本人の判官びいきの思想から神輿の守護にあたる武将として、源義経を選んだものと考えられます。
この曳山には、他町に誇れる町民の自慢があります。
それは何と言っても、兜の造りにおける精巧な忠実さでしょう。
兜の左右にかけている錣(しころ)が、非常に精巧にできています。
兜の鉢にかけてある錣は、一枚一枚古和紙を重ね合わせて1センチ以上の厚さに固め、形を整えて麻布を貼り、漆塗りを3~4回して仕上げて金箔を施したものであり、それを一枚ずつ麻紐で組み、その上に赤、白、緑の羅紗(らしゃ)布の威(おど)しで配色よくかけ合わせて鉢にかけるという、大変手のこんだものです。
錣の数は180枚にも及びます。

著:戸川 鐵
(一部抜粋 「唐津神社の神祭と曳山に関する抄録」より) 唐津曳山を研究するための資料
※写真撮影:鶴丸 誠 2017年11月3日