珠取獅子とは、狛犬のことです。
狛犬とは、神社や仏門の前に奉献されている獣形の像のことです。
その起源はペルシャやインドなのですが、日本ではその異形(いぎょう)の姿を犬だと思ってしまいましたが、日本犬とは異なっているので、異国の犬すなわち高麗の犬だと思ったのでしょう。
ですから、日本では狛犬と獅子とを混同したものを見かけることがありますが、平安時代には明確に区別されていました。
京町曳山「珠取獅子」か製作された当時までは、まだ大手門が存在していたので、「珠取獅子」が大手門を通過するときのために、最上部の尻尾の部分を取り外せるように細工がされています。
この曳山は、幅が2.6メートル、高さが約5.2メートル、重さ(推定)が1.6~1.8トンあります。
唐津城下に京町が町としてできたのは古く、大石町、魚屋町から、紺屋町、平野町、新町を経て名護屋口に至る街道筋に位置しており、町内には全国に名を馳せたくじら組の豪商「日野屋」の常安家など、唐津を代表する裕福な商家か軒を並べていました。
さらに、京町は明治31年の鉄道の開通によって、唐津でいちばんの商店街として繁栄しました。
「珠取獅子」は、明治8年に細工人富野淇園、塗師棟梁大木卯兵衛、塗師大木敬助らによって、糸屋(いとや)の屋敷内で製作されたと言われています。

著:戸川 鐵
(一部抜粋 「唐津神社の神祭と曳山に関する抄録」より) 唐津曳山を研究するための資料
※写真撮影:鶴丸 誠 2017年11月3日